たった一日の朝活で気づいた、進化することの大切さ。

人生哲学

どうにもこうにも、早く目が覚めるようになったのに、起き出せない…。

今朝、5時に目が覚めた…。
こう書くと、珍しいことみたいに感じるかもしれないが、実は、このところほぼ毎日5時半には目が覚めている。

寝る時間が早くなっているせいか、はたまた、そんな年ごろだからなのか、早く目が覚める→夜早く眠くなる→早く寝てしまう→朝早く目が覚める、なのか…。卵が先か鶏が先かみたいな問答になっているけれど、とにかくこのところ早く目が覚めてしまいがちである。

けれど、なかなか起き出す気力が出なかった。布団から早く出ると、何か損をしたような気になってしまう。まるで、
「体を休めるべき時間に起き上がると、体力を無駄に消耗する。」
とでも思っているかのように、かたくなに布団の中から出ないようにしていた。かといって、布団に横になったままでやれることといったら、少ない。ベッドの下においてある携帯に手を伸ばし、自分宛のメッセージに一通り目を通し、SNSをサーフィンし、およそ一時間くらい後に、遠距離の彼に今起きたかのように「おはよう」とメッセージを返すだけなのだ。

この時間が体を休めるための貴重な時間だとは、到底思えない。非常にもったいないと思い続けて、数か月経っている。

私は農業をしている。といっても、また始めたばかりで、毎日出荷できるほどの野菜を育てている訳でもない。草を刈ったり、種を蒔いたり、新しい畝を立てたり…、地道な作業を毎日少しずつ進めている段階だ。そして、屋外は○ぬほど暑い! 日中、畑に出ていることは困難で、夕方や午前中のなるべく早い時間に出かけては2時間ほど作業をしている。

じゃあ、このムダに早く目覚めちゃう時間に畑にいけばいいんじゃない?

そう自分に言い聞かせているが、なかなか重い腰があがらず、現在に至るのだ。

ところが、今朝はカンタンに起き上がれちゃったのだ。なぜ?

そんな今朝、なんとすんなり起き出すことができたのである。理由はちょっと分からない。自分でも、

「あれ、私、起きれてるじゃん。」

と着替えながら思ったくらいだった。ただ、今朝は畑でやりたいことが明確にあった。トウモロコシに排水口用ネットをかけたいと思っていたのだ。

私は自然栽培で野菜を育てている。自然栽培というのは、無農薬&無化学肥料で野菜を育てる農法である。虫や雑草と共存しているから、彼らの猛威に野菜が飲み込まれてしまうこともある。トウモロコシはアワメイガというガの幼虫がついて実が食べられてしまうことが多い。ガの幼虫は雄花の花粉を食べ、その後、雌花に移動してくるらしい。そこで、受粉が終わった雄花は早めに切り取ったり、トウモロコシに不織布でできた排水口用ネットを被せて、ガの幼虫が入り込まないよう物理的に防いだり必要がある。
かと言って、あまり早くに雄花を刈ってしまうと受粉が進まず、早くネットをかけてしまってもまた実がきちんと入っていないトウモロコシができてしまう。農家さんの中には、トウモロコシ全体を防虫ネットで覆って虫対策をされる方もあるようだが、私は予算と規模の関係から、実のひとつ一つに台所用の排水口ネットを被せて根元を縛るという超てまひま防虫を採用している。
受粉が完了し、虫が入る手前のタイミングで排水口ネットをかけるのだ。その見極めが肝心だ。

さて、私のトウモロコシ。実は、先週末からこの月曜日にネットをかけようと思っていた。なぜなら、今年、すでに1回失敗しているからである。

そのトウモロコシ群も一つひとつ排水口用ネットを被せていた。が、昨年の失敗(せっかく膨らんだ実にカナブンが入り込んで食べられた)&成功(刈り取った雄花で受粉して回ったら大きな実が採れた)をがっちゃんこして、゛早めに雄花を刈り取り受粉して排水口用ネットをかける”を採用していた。
が、実の先端の受粉が全くできておらず、全て通常の半分くらいの長さまでしか実が入っていないトウモロコシになってしまったのである。人力での早すぎる受粉では、ダメだったのだ。

そこで、シーズン2回目のトウモロコシは、自然に任せて十分に受粉をさせた後、排水口用ネットをかけることにした。

受粉のタイミングは、ひげ根の色が変わるのを参考にした。

トウモロコシはまず雄花が伸びて開花し、その後、雌花とひげ根が伸びてくる。出てきたばかりの雌花は薄い黄緑のナイロンの紐を割いたような感じなのだが、受粉が進むと茶色く変化してくる。この茶色く変化してくるのを、今か、今かと見極め、「明日がネットのかけ時であろう」と判断したのが、昨日の夕方であった。

そして、今朝。いつものようにぱっちりと目が覚めたと同時に、こう思ったのだ。

「虫が雄花を花粉を食べつくし、雌花に降りてくる前に、ネットをかけなければ。」

そう、カンタンな話だ。明確にやりたいことがあったから、私はパッキリと起きられたのである。

習慣が変えられないのは、脳のクセが関係している。

人というのは面白いもので、習慣を崩すことに抵抗があるらしい。これは、脳のクセなのだと聞いたことがある。

脳は、新しいことを排除し、効率化しようとする。その結果、いつも通り、慣れた習慣に浸っている状態となり、不活発になっていっていく…。私が認知症高齢者対象のデイサービスの職員だった時は、

「だから、新しいことに挑戦してみましょう。難しいなと感じる時は、頭が活性化できてる証拠ですから、いいトレーニングになってるなと思ってくださいね。」

などと声をかけていたものだ。

だからもし、やりたいのにやれないという時は、何かそこに理由があるはずなのだ。脳が求めてやまない゛これまで通りでいたい”という理由が…。

ウダウダしたい理由って、なんだろう?

私はなぜ、早く起き出せなかったのだろうか?

日中は暑すぎて農作業ができないなら、早く起き出せばいいのに。
夜は家族がいて集中する時間ができないなら、早く起き出せばいいのに。
時間がない、時間が取れないというなら、早く起き出せばいいのに!

そんなこと重々分かっているのに、起き出せなかった原因について考えてみた。

まず、私は食道裂孔ヘルニアというものがあり、胃酸が逆流しやすい形状になっている。空腹時に胃が痛くなったり、気持ちが悪くなってしまうので、お腹が空いていなくても、朝、動き出す前に少しでも何か口にしておかないと…、という習慣みたいなものがあった。
また、朝、娘に朝食を準備して、行ってらっしゃいと送り出してやりたいという思いもあった。
これまでフルタイムで働くお母さんだったので、娘を送り出してから仕事に出かけるということがほとんどなかった。失業して生活スタイルが変化し、やっと、娘を「行ってらっしゃい」と玄関まで送り、洗濯物を畳みながら「おかえり」と声をかける生活ができるようになっていた。それが私にとって、かなりの幸せ感に浸れる時間だったのだ。
例えば、朝5時に起きたとして、顔を洗い、身支度を済ませ、朝食を食べ終わり出かけようとする。そこで娘が起きてきてしまえば…。「おはよう」と声をかけ、彼女の身支度が終わるのに合わせて、テーブルに朝食を並べてやりたい、「行ってらっしゃい」と送り出してから出かけたい思ってしまうのだ。

そうなのだ。起き出せなかったこれまでの日々は、つまりは自分が幸せだと思える生活スタイルをキープしたいから、ウダウダと布団に転がって、

「ああ、これじゃあ出かけていられないわ」

と思える状況を作り出し続けていたのである。

変わりたくないこと、変化し、進化できることを見極めていこう。

今朝、そのリズムを壊すことができたのは、キレイなトウモロコシを食べさせてあげたい人が何人もいて、どうしてもキレイなトウモロコシを作りたくて、そのためにどうしても必要な時間だったから。そして、今行けば、もしかしたら間に合うかもしれなかったから…。

5時に起き上がり、15分で支度をしてバナナと牛乳でお腹を満たした。これで、空腹時の胃痛を避けることができた。畑に6時に着く。トウモロコシのネットを被せたら帰ろうと思っていたが、作業を終えたのが6時30分。既に暑くて汗だくだったが、オクラが大きい、バジルも美味しそう。摘み取り始めて15分経過。幹線道路が朝の通勤ラッシュで徐々に混み始めていることを考慮に入れて、安全運転&心はダッシュ!で自宅へ。

7時15分。家の中はまだカーテンがびっしり閉じられていた。手洗い・うがいを済ませ、朝ごはんの支度を始めた頃に、やっと娘の目覚ましが鳴りだした。

娘はもう大学生。2限目からの日なら、7時30分に起床すれば授業に間に合うのだ。

朝、摘み取ってきたばかりのオクラを刻んで、おかずを一品添える。一緒に朝ご飯を食べ、行ってらっしゃいと送り出す。いつもどおり、心がほっとしている。

頭で考えるより易々とできてしまった現実を前に、脳がてへぺろと舌を出している。

これなら、また会社勤めを始めても、早朝に脳作業をしてからでかけられるかもしれない。1限目からの日は無理でも、週に何日かはこれまで通り、幸せな気持ちで送り出せるかもしれない。さらに言えば、今日みたいに、帰ってきてから1時間でブログを更新するという新しい習慣を習得することができるかもしれない。


変わりたくない部分と、変化し、進化していける部分の見極めは、トウモロコシの受粉のタイミングを計るみたいで難しい。見えているようで、見えない部分もたくさんある。トライ&エラーを繰り返し、その時に合った新しいライフスタイルを見つけていけばいいと思うのだ。

脳みそくんよ、あなたの安定志向には負けないぞ。

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