満月とスイカは、真夏の思い出づくりにぴったり。

日常の話

ブッ! フーッ! プッ!

私の隣りで娘が異様な音を立てながら、何かを吹き出している。

カーン!

小さいものが当たったような、しっかりとした金属音が辺りに響く。

「え? 何してるの?」
と私。
「あ、え? そういうことじゃないの?」
「ここ、ベランダだよ?」
「さ、そっか。」

二人で大笑いする。

私と娘は、ベランダでスイカを食べていた。先程のプッ! などという音は娘が種を吹き飛ばした音で、カーン!という音は、ベランダの柵に種が当たった音である。確かに、

「ベランダで食べよう。種はㇷ゚ってすればいいじゃない?」

と言ったのは私だけど、それは、種を取り出すのに箸がいるか・いなかって質問に答えただけのことで…。ここはマンションの高層階。縁側から種を飛ばすように吹き出したら、下を歩いている人に当たることもあるじゃない? 

7月の満月はバックムーン。
素晴らしい月景色を楽しむ方法を思いつく。

その日は、素晴らしい満月だった。最近は満月の日になる度に、カッコいいカタカナの月の読み方がSNSのあちこちで紹介されている。この日は、バックムーン。これはアメリカの先住民の習わしらしく、7月は牡鹿の角が生え変わる時期だから牡鹿=Buckということで、この名がついたと言われている。牡鹿という名にふさわしい名月だった。

娘も私も、月を見るのが大好きだ。それを写真に撮るのも。特に、娘は新しい携帯の機能を駆使して、ポストカードやジグソーパズルにしたくなるような写真を撮る。この日も、月の美しさに気づいて写真を撮ろうとしていた。

その時、夕食の後にスイカを食べようと思っていたことをふと思い出した。

利尿作用、冷却作用などの゛スイカ効果”。
体を冷やす効果は薬膳でも折り紙付き。

実は私はスイカが大好物である。大玉を買って来て半分に切り、片方を3等分して3分の1を実家に分け、残りを少しずつ食べている。そして、食べ過ぎては夜中に尿意で目が覚めたり、水分のせいか、はたまた体が冷えてしまうせいなのか、お腹が緩めになったりしていた。
このスイカによる利尿作用と便通改善の効果は娘の頑固なお腹にも威力を発揮しており、スイカを食す度にトイレに駆け込んでいく姿を目にすることになる。これを我が家では〝スイカ効果”と呼んでいる。

スイカ効果は薬膳の世界でも明文化されており、スイカには「体を冷やし、のどの渇きを潤し、利尿作用がある」とされている。中でも、体を冷やす効果については「天然の白虎湯」と称されており、ほてった体を覚ましたり、発熱や熱感の解消に活用されているらしい。

そんなスイカだから、食べる時間帯やシチュエーションを選ぶ必要があった。

スイカを美味しく食べられる体感温度は、
屋外で整えるのが、いちばん。

まず、クーラーの効いた部屋に何時間も座っていた後だと、ただでさえ体が冷えているのに、スイカを食べることによってさらに体が冷えてしまうことになる。体が冷えればますますトイレが近くなってしまう。私は寒がりなので、クーラーで手足の先端が冷えてしまっていると、スイカを食べる気が一気に減退してしまう。寝る前に食べ過ぎてしまうと、夜中に尿意で目が覚めてしまうこともある。
さて、いつ食べようかな? と思案してはいたが、最後の6分の1カットの出番がなかなか作れず、食べ損なう日が続いていた。
そろそろ賞味期限的に限界なんじゃないかと思い始めていた矢先だった。これはチャンスだ!

「ねえ、月を見ながら食べない?」
「いいね。私、イス持ってくる!」

娘がベランダにガーデンチェアーをセットしてくれている間に、私はスイカのカットに取り掛かった。

スイカのスマイルカットみたいに
笑顔いっぱいの夜に。

スマイルカットのオレンジのような形状になっている6分の1カットのスイカ。そのほぼ中心に包丁を当て、皮に向かって放射線状に切っていく。こうすると、どのピースを食べても甘みがあって美味しく食べられる。

8ピースほどにカットしたスイカをバッドに載せてベランダへ出ると、クーラーでキンキンに冷えてしまった体に外の空気が温かく感じられた。しばらくすれば、体感も真夏の温度に整い、より一層スイカを美味しく食べられることだろう。

「一度、こんな風にやってみたかったんだよね。」

娘がこんな風に言う。

「縁側に腰かけてスイカを食べて、そのまま種を飛ばしてさ。」

私は幼いころに、それをしたことがある。父の田舎に帰ると、湧水の出る池でスイカが冷やされており、それを取に行くのが子どもの役目だった。スイカは分厚い木製のまな板の上でスマイルカットされ、さらに数ピースにカットされ、みんなの口へ。そして、誰ともなく種飛ばしが始まるのである。その光景に出てくる弟はまだ幼くて、服をスイカの汁でベタベタにしてしまうから、Tシャツを脱がされ、首にタオルを巻いていた。でも、最後にはタオルも意味がなかったほどに、スイカでベトベトになってしまうんだけど。

娘が幼かった頃、そんな風に服が汚れるのが嫌で、フォークで食べられるよう一口大に切って与えていた。だから、やんちゃな食べ方をしたこともなかったのかもしれない。

「プッ!」

娘が勢いよく種を吹き出した。植木鉢に向かって種を吹き出すのは大目にみることにしよう。

スイカを食べ終える頃、指先と口の周りがひんやりしてきた。スイカ効果のひとつである冷却効果が効いている。娘は引き続き、満月の撮影大会に突入した。そして、

「ママ、こっち見て。」

娘が私の横に並んでスマートフォンを掲げ、ツーショットを撮ろうとしている。スイカ効果のひとつに、心がほっこりするを付け加えたいなと思った。

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